幸せパズル
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主婦マリアはプロフェッショナルな主婦だ。
料理の腕は抜群。家の中もセンス良く清潔感に溢れている。
日々かいがいしく働き、夫の会社の伝票整理だってささっとやっちゃう。
でも、それだけでいいの?
当たり前のようにこきつかわれ、育て上げた息子達は自分勝手に巣立っていくのだ。

そんな彼女が偶然見つけたパズルの才能。
その世界に足を踏み入れ、見つけたパートナーはロマンスグレーの富豪ロベルト。
イケメンで優しく、旦那とちがって髪だってふさふさである。
できすぎの展開によろめくマリア。さあ、どうする!

人間だれでも何かひとつ打ち込めるものがあるのはいい事だ。
主婦じゃなくてもサラリーマンだって、リタイアした後、何をする?
みんなそれぞれ幸せになれる物を見つけよう!

にゃーこ





ラビット・ホール
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ニコール・キッドマンという女優はあまり好きではなかった。

その美貌を武器にトム・クルーズまでをも踏み台にして、
ステップアップというよりまさしくのしあがってきた感がありありだったからだ。

今回の映画『ラビット・ホール』は初めての製作と主演に挑み、二コールの野望が満々かと思いきや、
息子を失った喪失と再生を丁寧に繊細に描いた、小粒の宝石のようないい映画だった。

特に小石のエピソードはなるほどと納得させられた。
ダイアン・ウィーストもさすがの演技。(私は彼女のふにゃっとした笑顔が好き)

薄化粧で普通の主婦を演じきった二コールには文句のつけようがない。

美貌と演技力、製作の手腕と高みに登り続ける彼女をこれからも見届けてやろうじゃないの!

にゃーこ





クリスマス・ストーリー
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大女優カトリーヌ・ドヌーヴ様。

いくつ年を重ねようが、ちょっとぐらい太ろうが、そこいらの若いモンとはくらべようのない美しさ。
日本人女優でいえば、松坂慶子さんあたりイイ線いっているのではないでしょうか?

父親似の娘キアラとの共演も楽しみなこの映画。
日本人がほんとうに味わったことのない本格的なクリスマスの情景が楽しめます。
楽しいファミリー・クリスマスだけでは終わらないのがさすがのフランス映画。
それぞれが様々な思いを胸に抱き日々を過ごしているのです。

その中心にいつもいるのが、ゴッド・マザー。
艶やかで、朱赤がお似合いの感じをだしたかったのですが、画力不足だなあ。

来年の課題といたしましょう。

にゃーこ





ショパン 愛と哀しみの旋律
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『病弱な天才はモテるのよ』

さすが、ジョルジュ・サンド、恋人ショパンを評してこう言うかぁ。
あの時代、作曲家やピアニストはアイドル的存在だったんでしょう。
あんなにドラマチックで繊細なピアノをぽろろんと側で弾かれちゃったら、女子はイチコロでしょう。

しかもあの優男っぷり。

しかし、病弱だとわかってショパンをポイ捨てするなんて、
ジョルジュはなんてひどい女だと常々思っていました。
この映画を観ると彼女なりの事情もわかって、意外と苦労人だったんだなー、と、ちょっと同情。

二人の愛の物語を彩る名曲の演奏中の回想シーンやイメージはまさしく映像の幻想即興曲やー!
映画ファンのみならず音楽ファンの皆様もどうぞご堪能ください。

にゃーこ





ミラル
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イスラエル・パレスチナ紛争。

未だに解決できない問題。
長い歴史の中で続いてきたからこそ、根が深い。
それぞれの立場での言い分もどちらもわからないではない。
でもそこでいつも犠牲になるのが市井の人々。

親を殺された孤児たちを引き取り、愛と教育をもって育てるのは、ヒンドゥ・ホセイニ。
子供達から、敬愛の情をこめて、『ママ・ヒンドゥ』と呼ばれる。(字幕には表記されてないから、よく聞いてね!)

少女ミラルはその中で、様々な過酷な体験をとおして、その名のとおり、美しい花を咲かせていく。
父と娘の愛・ヒンドゥとの師弟愛。
どちらも本気でぶつかりあいながらも深い絆でむすばれていく姿にじんとくる。

実話を基にしたこの作品は、実際の映像も交え、次世代の若者たちに希望を託す物語だ。
お互いを尊重しあい、共存できる日が一日も早く訪れますように!

にゃーこ





蜂 蜜
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主人公ユスフは超・父ちゃんっこ。
父を誇りに思い、どこにでもついて行きたがる。
秘密も二人で分かち合う。
養蜂家の父を手伝うキラキラとした瞳の輝き。
目がくりんくりんして表情が豊かでほんとうにかわいい。

言葉を失い、本もろくに読めない。
でも、気丈に夫の帰りを待つ母を支えようとする姿は健気で痛々しい。

音楽もなく、効果音もない、自然の音そのものを使っている。
だからこそこの映像美が生かされているんだなぁ。
美しすぎて、ちょっと気が遠くなるぞ。

にゃーこ





ジュリエットからの手紙
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今年のお盆休みはただの三連休。
休暇の延長をカラオケの時間延長並みに簡単にやっちゃう主人公をうらやましいと思いつつ、
疑似旅行体験。

イタリア旅行中に50年前の恋人探しを手伝うことになったソフィ。
その過程を記事にしようという目論見もあるちゃっかり者のアメリカ娘だ。

過去の恋を忘れられず孫同伴でイタリアに乗り込んだイギリスの老夫人クレア。
老人なのにイタリア男にもてまくる。
っていうか、イタリアの男達はあきれるくらい女性に対して貪欲だ。

さて、一行は昔の恋人ロレンツォを見つけることができるのか?
そしてソフィ自身もこの旅をとおして成長していくのだ。
美しいイタリアを背景に、なんだけど、いかにもアメリカ映画的爽快さ。

あー、やっぱ、どっか行きたくなっちゃったなー。

にゃーこ





約束の葡萄畑~あるワイン醸造家の物語
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「今年はワインの当たり年だね。」

多分、シャトーのワインだろうが、テーブルワインだろうが、
味が分かるわけでもないのに、軽々しく口にしていた言葉。
今日からは言えないなぁ。

ワイン醸造家にとっては死活問題。 まさしく天国か地獄かの分かれ道。

天使を味方につけ、自信満々なソブランだが、
彼は奇跡を起こしてくれるわけでもなく、ただ彼とそのワインを見守り続ける。
そして、後にびっくりするような大胆な行動にでるのだが、ネタばれなので、言ーわないっと。

ソブラン、その妻、男爵夫人、天使。
それぞれの間には必ず葡萄畑が。

ワイン醸造にかける情熱は今も世界中で繰り広げられているのだろう。

スモーキーとかナッツの香りだとか、味も表現もわからないけど、
ワインを一口含んだだけで、作り手の心情までおもんぱかれるには、
何杯、いや、何本飲んだら到達できるんでしょうねえ。

にゃーこ





台北の朝、僕は恋をする
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台北(タイペイ)なのに、(タイホク)って読んじゃったヨー。
恥ずかしい。

ぱっと見草食系、ちょっと頼りなげなカイと、
行動力抜群、キュートなスージーのドタバタな一夜を
軽快な音楽とともにお楽しみください。

何といっても台北の街の魅力が満載。
ほかほかつるんと茹であがった水餃子のおいしそうなこと!
食いしん坊の私はつい、屋台の活気に目を奪われてしまう。

人混みの中で繰り広げられる追いかけっこ。
悪人もなぜだか憎めない。
警察もなんだか間抜けで、何よりカイの親友カオがいいユル感を醸し出している。

大団円とはこの事を言うのかっ、というラストシーンも微笑ましい。
台湾にはいつか行ってみたいと思っていたが、まずはタイペイに行かねば!
では早速書店で中国語の本を・・。

にゃーこ


台北の朝、僕は恋をする




白いリボン
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第一次世界大戦前。

一見ごくありきたりの美しい農村に起こる不可解な事件の数々。
だが、問題は解決せず、いつも犠牲になるのは使用人達弱者であり、
口答えすらできない。

  そういう理不尽な大人達を目の当たりにしながらも、
厳格な親からは躾のためと鞭で罰せられ、
多感な少年少女達の心は傷つき、歪んだ感情に支配されてゆく。
それにひきかえ、何も知らない幼い弟たちは無垢で純真なままだ。

色々と考えさせられる映画だったが、あの時代のせいだったと片付ける事はできない。
DVも児童虐待も、今でも深刻な社会問題なのだ。

しかし、現代っ子のはずの子供たちの繊細な演技には驚かされた。
モノクロだったせいか、当時の映画を見ているようだった。

にゃーこ

白いリボン




ハーブ&ドロシー
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コンセプチュアル・アート?
ミニマル・アート?
うーん。

お絵描き好きの私にも、何がなんだか、わかりません。

でも、その作品が好きか嫌いか聞かれたら、答えられる。
ハーブとドロシーはそれがアートを選ぶ基準だと、やさしく微笑む。
気に入った作品はたとえそれが針金だろうが逆さ文字だろうが立派な現代アートなのだ。

慎ましい生活、一般人のお給料で、
しかも月賦でこつこつ買い集めたそういった作品がとんでもない値をつけても、決して手放さない。

アートに対する深い愛情と年をとっても消えることのない情熱は、
現代アートの巨匠たちをも唸らせる。

何がほんとうの幸せなのか、審美眼とともに大事な価値観をも持ち合わせているふたりなのです。

にゃーこ

ハーブ&ドロシー




パリ20区、僕たちのクラス
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ちょっと、そこの女子、何先生に楯突いてんの!
例文の名前なんて、ビルでもアイサタでもいいじゃないっ!

まあ、生徒の人種が多岐にわたる様子をみればその屁理屈、わからんでもないし、
人種問題で喧嘩になるくらいですから、先生方のご苦労も日本とはちょっと違うみたい。

しかし、その格好は何なの。
アクセサリーはじゃらじゃら、男子までピアスしちゃって。
個性を認めるのはいい事だろうけど、校則なんてないのね。

体ばっかりでっかくなっても精神的にはまだまだ揺れるお年頃。
小生意気な事ばっかり言ってても時には素直な可愛げのあるところもある。
基本的な所は世界共通なんだ。

先生達だって、迷いながらもそんな生徒たちを導いていく。

リアルな教育現場がここにはあるのだ。

にゃーこ

パリ20区、僕たちのクラス




クレアモントホテル
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最近、「無縁社会」という言葉をよく聞くようになった。
人生の最後を孤独のうちに終えるか否か。
人づきあいが苦手な現代の若者たちも、強い危機感を抱いているようだ。

この映画の主人公、ミセスPも青年ルードも例にもれず、
自分の娘や孫、母親といった肉親とでさえよい関係が築けない。
でも、滞在するホテルの、同じ釜の飯ならぬ
同じホテルのディナーを食べた住人たちとあたたかい絆をつないでいく。

今から先の事を杞憂するより、それぞれが前向きに悔いのない日々を過ごしていくことこそが
「無縁社会」とは無縁な社会をつくる第一歩なのでは、と、この映画を観て思った。

ミセスPみたいにかわいいおばあちゃんになりたいなぁ。

しかし、老婆は1日にしてならず。
あんなに気品のあるおばあちゃんになるには今からの努力が必要だ。

にゃーこ

クレアモントホテル




プチ・ニコラ
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実写映画化って、難しい。
原作のイメージを損なうことなく万人に受け入れられなければならない。
サザエさん然り、ちびまるこちゃん然り。

プチ・ニコラはフランスで大ヒットしたところをみると、
イメージどおりだったのでしょう。
しかも、前述の日本のアニメにも共通したキャラをきちんとおさえてある。
力自慢にガリ勉くん、金持ちの子、くいしんぼうにおふざけくんにダメダメくん。
原作を知らなくても世界共通の無邪気な子供たちに懐かしい気持ちになる。

更に、さすがフランス映画だけに、どこをとってもおっしゃれー。
30代・40代の元オリーヴ少女達には
溜息がでるような家具やファッションがてんこ盛り。
子供だけに見せるのはもったいないですぞー!

にゃーこ

プチ・ニコラ




小さな村の小さなダンサー
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経済成長著しい中国。
しかし、未だ様々な規制があり、
社会主義思想と資本主義的発展のアンバランスさが不思議な国である。
いまでさえ日本文化も解禁となったが、
数年前まではそれすら許されなかったのだから信じられない。

リー・ツンシンは貧しい農村出身ながら、
良き師に恵まれ、自らの努力もあって海外に行くこととなる。
中国人は互いを「同志」と呼び合うが、リーはアメリカでほんとうの同志達を得、
彼らの尽力のおかげで自由を得る。

「リトル・ダンサー」とよく比べられるようだが、
バリシニコフの「ホワイトナイツー白夜」も観なおしたくなった。

にゃーこ

小さな村の小さなダンサー